5.憧れはママの甘い子守唄
私と母の関係は、そんなにいいものではない。
いい思い出がない、と言った方がいいかもしれない。
生まれる前の記憶があったら、どうして彼女のところに来たのかがわかるのに。何度も思っていることだ。
はじめてのおつかいという番組が好きな彼女は、画面に向かって
がんばれ!もうちょっと!とか言いながら涙を流したりする。
そこで思い出すのが、私のはじめてのおつかいである。
牛乳買ってきて。と言われて家の裏にあるスーパーに行った。
20円引きのシールが貼ってある。これは喜ぶに違いない!とその牛乳を買って家に戻ると
こんな古いもの飲めるわけない、取り替えてこい。と言われた。
レシートを見せたら大丈夫だから。と言われて家を出たものの
レシートを見せて取り替えてもらう。
この行為がどうしても恥ずかしくてレジに行けない。
家に戻ることもできない。
私は家の前で牛乳を抱えて父が帰ってくるまで待っていた。
帰ってきた父に事情を話し、スーパーで取り替えてもらい、家に戻ると
スーパーこんなに近いのに、何時間かかってんの?役立たず。働かざるもの食うべからず!
と、晩ご飯の格下げを言い渡された。
そんな小さなエピソードから、悪魔払いと称したホースの水を延々かけられる儀式、ピアノの蓋で指をはさむ儀式、など
彼女との戦いの歴史は根深いものがある。
私の他にも兄の婚約者をいびり倒したり、地域の人たちに悪気ない嫌味を撒き散らしたり、
世話の焼けるおばさんなのだ。
私が東京で家出人だったころ、家に泊めてくれた男の子と朝方歩いていた時に
お前はお母さんが死んだら後悔しないのか?
と聞かれて
ホッとすると思うよ。
と答えたら
じゃあなんにも言わないから好きな時に泊まってけよ。と言ってくれたのは、
今でもいい思い出だ。