2016-05-12から1日間の記事一覧

7.キスの温度。

「ね、その前に一回ちゅーしたいよ。」と甘えてみると島田さんは笑う。「どうぞ。」と目を閉じた顔は、子どもみたいに笑いをこらえている。唇をつける。舌で上顎を丁寧になぞる。「昨日エロ動画みててさ、こんなことしてたの。」と言うとぶーっと吹き出す。…

6.チャーミング

「お母さんねぇ。俺はそんな悪い人に思えないんだけどな。」島田さんは言う。「かなり変わってるとは思う。だってさ、俺がお呼ばれした時ずっと言ってたもん。いつもはもっとちゃんとしたご飯作るんですよ〜とか、いつもはもっと家もキレイなんですよ〜とか…

5.憧れはママの甘い子守唄

私と母の関係は、そんなにいいものではない。いい思い出がない、と言った方がいいかもしれない。生まれる前の記憶があったら、どうして彼女のところに来たのかがわかるのに。何度も思っていることだ。はじめてのおつかいという番組が好きな彼女は、画面に向…

4.いつか王子様が迎えにきてくれる。

男運は、お世辞にもいいとは言えない。海辺の田舎町で育った。スナックが立ち並ぶ商店街には昼間から酔っ払いがうろつき、私は通学路で、放課後の小径で、何度も露出狂にあった。父にも兄にも、なぜだか胸やお尻を触られる毎日だった。別に色っぽい子どもだ…

3.島田さんのこと。

「つまり、共感覚があるってこと?それと、思い切って聞くけど、虐待を受けてたってこと?」答えたくないならいいよ。と島田さんは付け加えた。「そうだね。そうみたい。」あっちゃんはよく、こんな風にまとめて答える。慣れた人は、それで全てを分かってく…

2.オレンジ、ピンク、緑の蔓。

私に見えている世界が、みんなには見えていない。それを知ったのはいつだったか。ホットケーキの匂いはオレンジ色には見えないし人の足跡はピンク色ではないしピアノの音は緑の蔓になって私に向かって伸びてくるわけではない。トイレの中で梨の木から生まれ…

1.はじめに。

あっちゃんは、不思議な女の子だった。少し変で、笑っていてもすぐ泣き出すんじゃないかと心配になってしまう女の子だった。あっちゃんはいつもお母さんの話をしてくれた。お母さんが選んでくれた灰色のスカートをはいてお母さんが選んでくれた茶色い靴をは…