2016-05-01から1ヶ月間の記事一覧

ホームレスと、筆談と。

東京にいた最後の半年間は、ホームレスだった。親と一切の連絡を絶ち、フラフラしていた。その間、いろんな人と知り合った。遊んだり、恋をしたり、お金を稼いだり今思い出しても、あの頃の私は生きていた。もう一生親のもとには帰らないと思っていた。けれ…

風俗の世界。

面接と称したレイプから、私はその男のもとで働きだした。区役所通りの奥の方。清潔とも言えない部屋で、男が連れてくる客とひたすら寝る。黒人の時もあれば、トランクスを履いた女性の時もあった。客と客の間の隙間の時間ベッドに身を投げ出して、天井を見…

屋上からの夜景。

高校を出てすぐ、私は上京した。大学に通いながら、演劇がやりたいと思っていた。サークルの勧誘は、どれも私には賑やかすぎて、なにか部活をやろうと部室めぐりをしていたら探検部という看板を見つけた。ドアをノックすると、金髪の男の子がマンガ片手に出…

どうして話したいの?

焼き鳥屋の個室で向かい合って、また話そうとするあっちゃんに、島田さんは聞いた。なんだろうね。たまには、私がたくさん喋りたいのかな。聞いてくれるだけでいいよ。何かしてほしいわけじゃないよ。ただ聞いて、知ってほしいだけかな。島田さんは、頷く。…

眠れない夜。

私が夜更かしをする時は、怖がっている時だ。悪夢を見そうで、怖がっている時。目を閉じると身体が固まって、息が浅くなる。シマくんを起こさないように寝返りをうつ。寝るもんか。そっちの世界に引き込まれてたまるもんか。そっちの世界がなんなのか、私は…

8.シマくんの気持ち。

結局、話し終える前にお迎えの時間になってしまった。あっちゃんは保育園に小走りで向かう。門をあけると、誰かお友達の声がした。シマくんのママきたよ〜!その子はいつも門の方を見ているんだろう。シマくんのママ〜と話しかけてくるのに手を振る。保育園…

7.キスの温度。

「ね、その前に一回ちゅーしたいよ。」と甘えてみると島田さんは笑う。「どうぞ。」と目を閉じた顔は、子どもみたいに笑いをこらえている。唇をつける。舌で上顎を丁寧になぞる。「昨日エロ動画みててさ、こんなことしてたの。」と言うとぶーっと吹き出す。…

6.チャーミング

「お母さんねぇ。俺はそんな悪い人に思えないんだけどな。」島田さんは言う。「かなり変わってるとは思う。だってさ、俺がお呼ばれした時ずっと言ってたもん。いつもはもっとちゃんとしたご飯作るんですよ〜とか、いつもはもっと家もキレイなんですよ〜とか…

5.憧れはママの甘い子守唄

私と母の関係は、そんなにいいものではない。いい思い出がない、と言った方がいいかもしれない。生まれる前の記憶があったら、どうして彼女のところに来たのかがわかるのに。何度も思っていることだ。はじめてのおつかいという番組が好きな彼女は、画面に向…

4.いつか王子様が迎えにきてくれる。

男運は、お世辞にもいいとは言えない。海辺の田舎町で育った。スナックが立ち並ぶ商店街には昼間から酔っ払いがうろつき、私は通学路で、放課後の小径で、何度も露出狂にあった。父にも兄にも、なぜだか胸やお尻を触られる毎日だった。別に色っぽい子どもだ…

3.島田さんのこと。

「つまり、共感覚があるってこと?それと、思い切って聞くけど、虐待を受けてたってこと?」答えたくないならいいよ。と島田さんは付け加えた。「そうだね。そうみたい。」あっちゃんはよく、こんな風にまとめて答える。慣れた人は、それで全てを分かってく…

2.オレンジ、ピンク、緑の蔓。

私に見えている世界が、みんなには見えていない。それを知ったのはいつだったか。ホットケーキの匂いはオレンジ色には見えないし人の足跡はピンク色ではないしピアノの音は緑の蔓になって私に向かって伸びてくるわけではない。トイレの中で梨の木から生まれ…

1.はじめに。

あっちゃんは、不思議な女の子だった。少し変で、笑っていてもすぐ泣き出すんじゃないかと心配になってしまう女の子だった。あっちゃんはいつもお母さんの話をしてくれた。お母さんが選んでくれた灰色のスカートをはいてお母さんが選んでくれた茶色い靴をは…